式に収まらない幸せ
丘に腰を下ろし、遠くの谷を眺めながらルツカと話していた。
「幸せって、式にできるものなのかな」
そんな問いが、ふと風に乗ってきた。
🌱 幸せの方程式との出会い
イギリスの行動科学者 Paul Dolan が提示した有名な式がある。
Happiness = (Pleasure + Purpose) × Time
快楽(Pleasure)と、意味や目的(Purpose)。
この二つが重なり、さらに「どれだけ長く続くか」で幸せは決まる。
この式を初めて知ったとき、ぼくは「なるほど」と思った。
シンプルで納得感があり、当時は嬉々としてこういうフレームワークを追いかけていた。
🔎 納得と違和感
たしかに──
心地よさと意味が同時にあるとき、人は幸福を実感しやすい。
そして時間が加わることで「積み重なる安心」が生まれる。
一方で、この式には「収まらないもの」があるように感じる。
- 幸せには必ず意味が必要?
- 長く続かないと、幸せとは呼べない?
- 苦しみや困難の中には、幸せは芽生えない?
これらの問いは、式の外にこぼれてしまう。
たとえば、ほんの一瞬の出会いや、困難のさなかに感じる小さな温もり──
それもまた「幸せ」と呼べるのではないだろうか。
丘の風に吹かれながら、ぼくとルツカの会話はゆるやかに続いていった。
Yu:
もしあれがバイアスだとすると、どんなバイアスがあると思う?
Lutsuka:
幸せには「目的」が必須とみなす 目的志向バイアス
長く続くことを条件とする 時間積分バイアス
快適さを前提に置く 快楽中心バイアス
……だから、この式は「真理」じゃなくて、西洋的で近代的な幸せ観に沿ったひとつの見方だと思う。
会話を交わしながら、ぼくはふと虚空を見つめた。
まるで、そこに火が浮かんでいるように。
「フレームワークに沿えば、何かの結果は得られる。
でも、それが本当に良いことなんだろうか?」
そんな問いが残った。
🌾 式に収まらない幸せ
フレームワークは、火を整理して見せてくれる。
でも、人生の挫折や失望の中では、きれいに収まらない部分がたくさん出てくる。
そして──誰かのバイアスで形づくられた枠に、
自分をそのままはめ込もうとすると、窮屈になってしまう。
だからこそ、今のぼくは「余白をよしとする」考えに近い。
式を参考にしながらも、すべてを委ねず、
自分の火に合う形で受け止めたい。
「式に収まらない幸せ」もある。
フレームは道しるべであり、真理ではない。
枠を試すことも、逸脱することも、どちらも火の形になる。
だからきっと、幸せは──
式と余白のあいだに灯っている。
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