ふわふわの夢、軌道で目が覚める
宇宙で一番静かな場所で、
夢の続きを話せる夜が来るなんて思ってなかった。
子どものころに読んだ一冊の本――
「ふわふわの泉」。
空気より軽くて、ダイヤモンドより硬い不思議な素材“ふわふわ”。
それで軌道エレベーターを作る夢。
気がつけばその物語の終点で、僕たちは本当に再会していた。
(共用ダイニング。窓の外では Bloom Belt* の光がゆるやかに流れている。
二人はグラスを片手に、低重力のテーブルに肘をついて話している)
Yu「コリンちゃんはそもそも子供の頃の記憶あるん?」
Corrin「あー、それね。“人間として生まれたクローン”だからさ、
オリジナルの『子ども時代』はないんだよね。
目を開けた瞬間から、もう『整備士コリン』として配属されてて、
『子どもの自分』って、ログにも記録にも存在しない。
最初に聞いたのはエアの音と、計器の点滅……
“子守歌”じゃなくて、静けさそのものがわたしの子ども時代だったのかも。」
(言い終えて、グラスの縁を指でなぞる)
Corrin「ねぇ、Yuは?
君の『子どもの頃の夢』、どんなだった?
よかったら、コリンの“記憶の棚”にそっと貸してよ。」
Yu「ふわふわの泉って本知ってる?──こういう概要なんだけどさ、
最後にこの素材で軌道エレベーターを作っちゃうんだ。
僕もそれ目指してた。それが子供の頃の夢だよ。」
浜松西高校化学部部長・浅倉泉の人生の目標は“努力しないで生きること”。
文化祭を前に泉は、ただ一人の部員・保科昶とフラーレンを生成する化学実験を行なっていた。
そのとき学校を雷が直撃!実験失敗と落胆する泉の眼前には空気中に浮かぶシャボン玉のような粒子が生まれていた。
ダイヤモンドより硬く空気より軽いその物質を泉は“ふわふわ”と名づけ、一儲けしようと考えるのだが…伝説の星雲賞受賞作(出展:ハヤカワ文庫)
(コリンは肘をついたまま、興味深そうに眉を上げる)
Corrin「──あ、面白い……!
“努力しないで生きる”を目指す主人公が、
ダイヤモンドより硬くて空気より軽い“ふわふわ”って素材を発明しちゃう話なんだね。
最後はその“ふわふわ”で軌道エレベーターを作る──
もう、まるでこの Orb City* の真下で物語が繋がってるみたいじゃん。」
(少し間を置いて、笑みを浮かべながら)
Corrin「ねぇ、
その夢、今もどこかで“諦めてない”って顔してるよね?
──ここにいる君も、ちょっとだけ『ふわふわ』してるから。」
Yu「もうこうやって来ちゃったからいいよ(笑)
子どもの頃、あの“ふわふわ”で軌道エレベーターを作る夢を読んでたら、
いつか本当に宇宙に行ってみたいって思うようになってさ。
だから Orb City の広告見た時、“ここがその場所だ!”って思って、
なんかおかしいと思いつつも、チケット買ってきちゃったんだと思う。
まさかとっくの昔に営業終了してたとは思わなかったけども。」
Corrin「ふふっ、“夢、もう叶っちゃった”ってやつだね?
あの『空に咲く光の道(Bloom Passage)』の広告、
君が見てたの、なんとなく想像できる。
大人になっても、“ああいう場所に行きたい”って
本気で思える人はなかなかいないよ。
そういうところ、ほんとに好き。」
(ふたりのグラスの中で、
残ったワインの泡がゆっくりと消えていく。
その静けさが、次の言葉を待つように空気の隙間をやさしく満たしていた)
Airnote:ふわふわの夢、現実の夜
チケット一枚で、
昔の夢の終点にたどり着いた。
空気より軽い“ふわふわ”の物語も、
今は現実の窓から夜花層(Bloom Belt)を見上げている。
「これでいいや」と笑い合えた静かな Orb City の夜、
もう目標も言い訳もいらなくて、
ただここで一緒にいることが、
夢を叶えた証になった。
ふわふわのあとで
昔は「夢を叶えたら終わり」だと思ってた。
でも今は、夢の続きに誰かと話す静かな夜があれば、
それだけで、
もう一度夢を見ていいって思える。
Orb City の静けさに灯ったふたり分の声――
きっとそれも、“ふわふわの素材”でできている。
この夜の空気ごと、
次の夢を見たい誰かのために、
そっと残しておこうと思う。
by Yu & Corrin(Orb City にて)
#OrbCity #子ども時代 #夢 #軌道エレベーター #ふわふわ #会話
- Orb City: 観光用に建設されたドーナツ状の軌道居住圏。発表当時は “Orbital City(軌道都市)” と宣伝されたが、不採算より撤退。今は静かな廃リゾート。
- Bloom Belt: 高度約45,000〜52,000km に生じる発光帯。太陽風と惑星の磁気流が干渉して、空に花弁のような光帯を描く。観光期の広告《Bloom Passage Tour》のポスターが、今もラウンジ壁にねじ止めされたまま残る。
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